Archive for 10月, 2008


みんなでやる、・・・という事 第2章

11月23日の日曜日に大町市の本通りの中ほど、女清水の塩入家具前とその向かいの男清水のわちがい前で野沢菜のお菜洗いをやるんですよ。9時から16時頃まで頑張るぞー。

なんと60束を洗うんです。
大町水物語の人たち、八坂の人たち、美麻の人たち、商店街の人たちの
みんなでやるんですよ。

一軒で5~6束あらうのと60束洗うのでは規模が違います。
野沢菜漬けの文化を、強いアピールで皆さんに呼びかけるにはやっぱり、みんなでやるという事ですよね。

トムソーヤが板塀のペンキ塗りをしている時に「楽しいな。楽しいな。こんなに楽しい事があるんだ。」と、独り言を言いながらペンキ塗りをしていると、小さな子供たちがいっぱい集まってきて「やらして。やらして」とあっという間にペンキ塗りのお仕事が完了してしまったお話を思い出しました。

お菜洗いもあっという間に終わるといいんですけど、冷たい水の中に手を突っ込んで楽しいはずもないですよね。

ああ、世の中そんなに甘くないかー。

お菜洗いが大変で野沢菜漬けを止めてしまったお年寄りもいるやに聞くとやっぱり大町の文化ですから、止めてほしくないですものね。じゃー、私たちが洗っちゃおうよ。となったんですよね。
「お菜洗いはたのしいですよ」 ほ・ん・と・

参加自由ですからみなさん、特別に洗わして、あ・げ・る。

だから、いらっしゃいよねー。
この場所ですぐにお菜漬も一緒にやっちゃうんだな。
来年の2月には商店街の家々の野沢菜漬けがふるまわれます。
いろんな味の違いを楽しみに、大町市の商店街へ来て下さいね。

大町市の食文化は、不滅なのだー。

おふくろさんの味が生きているまちなのだー。

みんなでやる、・・という事 第一章

大町の秋の田園風景。
田んぼで稲のわらを燃やしています。

朝早く燃やすと冷たい空気に煙が押さえつけられて下に漂います。家々をうっすらと煙がおおっていきます。

それはそれで素敵な原風景なんですよ。

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(雲がない時にここで、のろしを上げたいなー)

私の好きなのは晴れた日に午前の10時ごろかなー。
上昇気流が少し出来てきた頃に、わらに火をつけると煙がまっすぐ上がって晴れ渡った空と北アルプスをバックになんともいえない田園風景が出現するんだなー。

いまは、みんなでバラバラに火をつけるけどみんなでやると、今までに見たことのないすごい風景がみんなで楽しめるのになー。

みんなの力が生み出すものが、本当にすごいと言う事がみんなで実感できる瞬間を、早く体感したいなー。

昭和44年8月14日災害は忘れた頃に

「集中豪雨で葛温泉流失」
1969年 真夏の8月11日、早朝から降り続いた集中豪雨は河川の急激な増水を呼び、午後になって、高瀬川、籠川、鹿島川をはじめ市内各地に大水害を引き起こしました。堤防決壊、土砂くずれによる水田、家屋、道路橋梁などの総被害額は21億5,600万円に達したといわれています。特に収穫期をひかえた農家の打撃は大きく、市内の水田のうち、48,9haが流失してしまいました。また、葛温泉の旅館3軒が流失、埋没され、災害救助法が適用されました。
<大町市ホームページより>

1969年8月11日・私17歳、霊松寺をぬけだして木崎湖のキャンプ場で遊んでいたところにものすごい雨が降ってきました。バケツの水を逆さにしたような降り方です。記憶では4時30分過ぎですよ。
見る見るうちに木崎湖が増水してきてキャンプ場にいた私の膝まで水が上がってきました。

あわてて自転車を押して、霊松寺にいく山の登り口に着きました。6時頃かなー。山を上がり始めると、ものすごい雨のせいかもう真っ暗なんです。

雷の明かりを頼りに登って行くと道が崩れてありません。膝まで泥につかりながら、いつにかビーチサンダルもどこかへ行っちゃいました。

裸足でそのがけ崩れをを抜けるとまた稲光です。その光に浮かび上がったのは、30cmもあるような大きな蛙の群れでした。数百匹の大きな蛙をよけたり踏んだりしながら(ゲゲ、裸足ですよ)

やっと霊松寺の山門につきました。

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その時にまた大きな稲光です。 「オッ、オオオオオオオオオオ」
白い蛇が2匹ずつ絡み合ってその山門の右と左に計4匹?いるじゃありませんか。何回かの稲光で、何度も何度も確認して見るのですが、興奮しているのと、白い蛇が動くのとで、正確な数はつかめません。

意を決して真ん中を走って庫裏の入り口にたどり着いたときは体中泥だらけでした。

庫裏の管理人のおばちゃんに白い蛇の話をすると「この寺の守り神だから、まさか、あんたは悪さをしなかったでしょうね。」ですと。
悪い子で預けられたのは確かだけど、そこまでじゃありませんっての

おばちゃんは霊松寺の守り神だと言ったけれど、今40年近くたって考えたらあの白い蛇達は

やっぱり「おれの守り神だったのだー。」・・・・・・・・・かも

雪女の物語を思い出したけれど、白い蛇の話をばらしちゃった俺はいったいどうなるの?
ちょっとー、まずいじゃありませんか。
長いことお世話になりました。みなさん、さようなら?

なんて嫌ですよ。

大町市には不思議な事が満載であるんだよー。
遊びに来たら、何かを体験できるんだなー。

いらっしゃいー、いらっしゃいなー

30年前の霊松寺で、おらは死んじまっただー

今から30年前、わたくし17歳、高校3年生の夏
思春期で荒れていた時のお話ですよ。

突然タクシーで霊松寺に行けと、母に言われ山道を布団を積んだタクシーで、ついた先がまさにそのお寺だったのです。

着くと、その寺には、10人ほどの学生のようなそうでないような人たちがいました。
賄いのおばちゃんが、みんなに紹介をしてくれて2階の東庭の見える部屋に通してくれました。

蝉の声がうるさい、若者が10人もいる臭い、庭を見る背中側には部屋とも言えない、何か隠れ部屋のような暗い空間にほこり臭い空気、まさにそこに通されたんです。

そんなに由緒ある寺とも知らず2ヶ月間、表庭で軟式テニスのボールで野球をして庫裏の屋根を超えたらホームラン新入りは玉拾いです。
球を拾いに行くと裏庭には白い蛇がいるんですよ。

朝5時から本堂の掃除をしてから、お経を読んで、やっと6時半から朝食です。
勉強の合間にまた野球です。
夜には座禅、書道、それが終わったら、やっと楽しみの音楽の時間ですよ。

本堂で私は木魚、高須君は太鼓、若林さんがギター。そして歌う曲目は<帰ってきた酔っぱらい>ですよ。
おらは死んじまっただー。おらは死んじまっただー。天国へいっただー。

お寺の本堂でなんと不謹慎な、とは言っても、もともとこんな子は家には置いておけないと寺に預けられた集団です。

38年前の夏の夜の、思い出がなぜか紅葉の便りとともによみがえってくるんだなー。

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大町には霊松寺の本堂で2ヶ月間不謹慎な歌を歌い続けた大バカ者達がいたんだぞー。
いまは、そのうちの一人が霊松寺の広報係を勝手にやっているんですよ。

というわけで、いま霊松寺の紅葉は本当に最高ですよ。
ぜひいらっしゃい。今がチャンスですぞ。

子犬に人権はありますか?

7月14日生まれの子犬をもらいました。現在3か月、なのに、お座り、おて、伏せ、待て、の4っつができるんです。

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ミニチュアダックスフンドとヨークシャーテリア、コーギーの混ざった赤ちゃんです。そろそろ自己主張の出てくる頃で、スィッチが入ってしまうと(遊びモード)手がつけられません。

旅行で2日間留守にした時に子犬を親元に預かってもらいました。

話によると、親犬と遊びたくて延々とじゃれていたところ男の親犬に教育的指導をもらったとのことでした。(要は噛まれたんですけれどね。)

迎えに行って、家に連れてきたら驚きです。なんと かなり、おりこうさんになっているじゃありませんか。(笑)

やっぱり、子育てってのは 親が子供の身体に 教えるものなんですね。
言葉で理解をさせるべきだという教育論者もいますが、親の一噛みで子供は理解するんですよ。

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それはやっぱり親子だからでしょう。
他人ならできない事でも親子ならできるんですね。

人間の子供も一緒でしょう。
決して、親の暴力を肯定するもんじゃありせんよ。

ヨーロッパでは子供の人権とは言わないようです。
大人の未発達なものと考えられているようです。だから体罰があるんですね。

愛情だけで育てて、この子犬が人間社会に受け入れられる訳がありません。
人間社会での集団生活を、この子犬が十分に楽しむために、2日間の男の親犬の教育は大変有意義だったと思いました。

大町市は犬や猫にとっても、 自然が一杯だー。

庭に大きな穴を掘ってもいいからね。
郵便のお兄さんに頭をなでてもらえるようになってね。

むりかも(笑)

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