Archive for 2009


予言?

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雪は獣たちの足跡を形にして残します。
ですから、猟師は少しの雪が降る事が猟の成功のカギとなる訳です。逆に降りすぎると猟師たちの移動に困難となります。

それにしても、今年の大町市は異常なほどに雪が降りません。
夏以降に湧水が枯れるかもしれない、などと思ったりもしています。

人の一生も雪の上の足跡みたいなものかもしれません。
日当りのいい場所の足跡はすぐ消えてしまいます。
ですが、厳しい寒さの中の足跡は長い間残ります。

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今、私は多くの人に支えられて日当りのいいところを歩いています。これでいいのかな?…すぐ消えるという事かな??
・・・と、思っていたら昭和37年?の大町市の2月11日の飴市の写真を見てびっくり。

雪が映っていないんです。
自然はF分の1の揺らぎの中にあるんだな?と、再認識しましたよ。
詩的な気分でいたのに、この写真がすべてをぶち壊してくれました

大町市の湧き出ている清らかな飲み水は雪解け水が山肌から浸み込んで一体何年、いや?何十年かけてから、出現するのでしょうか。
清らかな水が湧き続けるんだという神話ははたしていつまで語り継げるのでしょう。
豊かな広葉樹林を守り保護する事こそが<生きる>と言うキーワードになるでしょう。

あ?のくたら・さんみゃくさんぼだいじょうじゅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
わくしゅうきんか?さひ?そくひ?ちゅうかい・ねんぴかんのんりき・しゃくねんとくげだつ

熊はどこへ行くのか

熊の今後についての講演会がありました。
パネラーが4名、共存だ~。駆除だ~。と、それぞれの立場からの発言を聞くなかでどの意見もある意味当たっているので、一つにはまとめられません。

何十年か昔に日本の狼が絶滅しました。森の頂点の一角である狼がいなくなって、今度は熊よお前もか。

という、思いもある中でその事が森の動物たちにとって、その後どれだけの影響があったのか。その答えも私には出せません。

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二酸化炭素の増加、地球温暖化など、人間が存在できるかどうかの中で熊やイノシシやシカの駆除の話が、大音量でマイクを通して聞こえてくる。

山から里へ下りて来た動物は人間にとって不都合なら駆除の名目で殺される。

必ず主語は「人間」なのだ。

はたして、地球を主語にしたらどうなるのだろう。

賢明な方はすぐ解りますよね。

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「いま、駆除されるべきは人間なんじゃ?」

熊や狼たちの住む森はこんこんと水がわき出す涵養林です。
20世紀は石油をめぐって戦争が繰り返されたが21世紀は飲み水をめぐって紛争が繰り返されるだろう。女性のパネラーがよく通る声で会場にいっぱいの聴衆に語りかける。

森が作り出す水や腐葉土が里に恵みを与え、海の生き物たちにも大きな恵みを与えています。漁師さんたちの植林活動はまさにそれなんです。さらに,うなずく聴衆を見ながら その女性のボルテージは上がります。

「熊がいなくなったら森は死に水も枯れるんです」・・・・・・・・・・

大町市は北アルプスを抱き、大きな森に大きな水源を4か所、市民の水道のすべてを湧き水で賄っています。汚染の無い豊かな水は大町市の大きな財産です。

永遠に守られなければなりません。

熊の住む山は大きな水の塊なのだー。
For 未来の子供たち。

大町市の毘沙門天のお話。

信濃大町駅より10分のところに、小さな祠ですが鎌倉時代から残る毘沙門天の像が500年もの長い間地域の人たちによって守り続けられています。

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毘沙門様、毘沙門様と愛されて500年間もの長い間、大きな神社とか大きなお寺では無いのにもかかわらず地域の皆さんがお守りしてきた、その事実に驚きます。
500年ですよ。500年。 まさに感動的ですらありますよ。

すこし話はそれますが、大河ドラマの天地人で上杉謙信が出てきます。謙信は自身のことを毘沙門天の生まれ変わりだと言っていたようです。大町は仁科の殿様の下で武田信玄の味方として動き、謙信は大敵の輩まさにその信玄の喉元の土地に,謙信の生まれ変わりの毘沙門天(謙信そのもの)の像が鎌倉時代から焼かれもせずに残されたのは、なぜでなのしょうか?

足かけ12年も戦った<川中島の合戦>の最中、武田信玄は塩を今川に止められて 大変困っていました。その時に謙信は今川の卑怯な手口を怒り、戦そのもので決着をつけようと<敵の信玄に塩を送った>のです。

塩をもらった信玄は・・ ?
はたして、何を謙信に返せたのでしょうか?

私が武田信玄だったら、にっくき上杉謙信そのものの毘沙門天はすべて焼き払うか打ち壊すはずです。

ならば、なぜ現代までこの毘沙門様が残り伝えられたのか?

みなさんの推理は?・・・・・・・・・・はたしてどうなのでしょうか。
戦国の世に生死をかけて戦った男同志の友情と言うか、義を通す男の生き様が
この大町の毘沙門天に見え隠れしませんか?

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この毘沙門様から直線距離で50mほどに、塩問屋さんの屋敷を解放した<塩の道博物館>があるんです。ぜひ、お越し下さい。牛の背中に塩が乗り人々が行きかった塩の道の歴史を見る事が出来ます。

去年から大町市の小さなお祭り、小さな伝統、小さなスポットに光を当てていこうと頑張っています。田舎であればこそ、さまざまな時代に翻弄されずに、素朴に残されたものが沢山あります。それを大切にしたいのです。

大町市の毘沙門天は、福徳財運、勝負の神様なのだ?。
近くにもたくさんのパワースポットがたくさんありますよ。

さ?いらっしゃい、いらっしゃい・・・・・大町市にいらっしゃい

認知症について

<ある日突然認知症になったら>
今そのテレビ番組を見ています。若年性アルツハイマーと診断されて一年一年壊れていく自分を解っていながらも、直前のことを忘れてしまう。それが長期ドキュメントで放映されています。

隣で一緒に見ている妻が、「私がそうなったらお願いね。」・・・ダメ
絶対に治る治療方法が無い。と言うのもつらい現実です。希望を失わない本人と、それを援助する家族の言いようのないさみしさに心が痛みました。

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いま同居している妻の母がアルツハイマーと診断されて3年、いま83歳です。徐々に動作もおぼつかなくなるし、名詞も忘れてしまいます。いまでは、男の私に「おばちゃん、おばちゃん」と呼ぶ時さえあるんですよ。

ところが妻が2カ月も入院した時に、朝、昼、晩の食事や洗濯は私がしているにも関わらず心配してくれた人が訪ねてくると、「もう、男の面倒はたくさんだわ。」と、母が私の面倒見てくれているような御話をしてくれます。

まー確かに料理をしている私のそばに付いてくれてはいるのですけれど、おぼろげな頭で何かしなければ、・・と思っては、いるようですよ。

60年以上夫や家族のために家事をこなしてきた妻の母にとっては、本能みたいなものかもしれません。?

30年ぐらい前から家族の形が大きく変化してきています。
少子化、教育過多、お手伝いの減少、核家族化、結婚しない娘たち、男たち
そして高齢化。

日本の国の在り方が今問われています。
妻の母のような高齢者は今の制度で救われるでしょうが、若年性アルツハイマーは救われません。
働いて働いて、そしてあと…これからと言う時に宣告されるその苦悩は本人も家族もどれほど苦しいことでしょうか。

今が最高で、そして徐々に壊れていくのです。
今日以上はないのです。

今晩は隣の妻の顔をよく見ましたよ。一緒になって33年間ご苦労様。
夫婦の在り方をもう一度考えさせられた夜になりました。

日本の夜に、妻への忠誠を誓った夫がたくさん生まれた瞬間だったのだ?。

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と、いつもの締めで決めたところで、お手軽番組が多い昨今、今晩のような番組を放映してくれたテレビ局に感謝です。ただいま夜の1時。
おやすみなさいです。

法は誰のものか?文化人を考える。

文化人って言葉に、何か釈然としない自分がいましたが最近なにか解ったような感じがしています。

難しい法律用語や政治用語、役人用語などにひれ伏す訳じゃないけれど別世界の気がしていましたが、解ってきましたよ。
一市民の私としては、あちらの世界の用語は難しいと思い続けていた訳ですがそうじゃないんですよ。

あちら(官僚、文化人)の方々が一般人を避けていたんです?

一般人に理解させないための用語なんですよ。
自分たちの言葉(利権)を作ることのできる人たちは圧倒的に多い市民の怖さを知っていたんです。
だからこそ難しい言葉で、たくさんの逃げ道を作って自分たちの世界を作りあげてきたんです。
しかし、これからの時代はそれを変えていかなければなりません。
We can change ですものね。

今後は、法律とか条例とか法改正とかどんなに困難でも大勢の市民が理解が出来る言葉にチェンジしましょうよ。

そうすることによって、後期高齢者医療制度などの法案が市民の理解を得られないままに成立するなんて事を防ぐことが出来る様になります。

難しく書くから多くの政治家さへ その時点では、どんな運用をされるのか理解できなかったんですよ。法は市民のためのものです。市民があってこその国家なのですから。

いま、刑法もあの難しい文章を改めて、現代に合わせた言葉にして発行されるように準備が始まっているようです。もう出来上がったかな??

未成年者でも理解できる言葉で書かれた刑法が発行されたら、犯罪もさぞ少なくなることでしょう。そうしたら小学校でも刑法を教えられますよ。理解さえ出来れば、割に合う犯罪なんてありえませんからね。

刑法だけでなくすべての法をやさしい言葉にしてほしいものです。
難しい官僚言葉では無いやさしい日本語でもう一度世の中を作り変える時期が来ている気がしてなりません。

?少し話はそれますが、絶対に文化人などと呼ばれることのない私たちも知らない間に結構地元文化で貢献しているんですよ。お祭りもそうですし、野沢菜漬けもそうです。野沢菜を干した(干菜)ひな、漢字はあっているかな?。もそうです。

市民でさえあまり気がつかない,大町市内に点在しているお宮だとか石碑だとか、誰も注目しなくても難しいことも言わずに、ずっと守り続けている人たちがいるんです。

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文化人って言葉は,まさにそういう人たちに捧げたいですよね。
そうなんです。
大町市は、文化人だらけのまちなのだ?。

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