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飴市は2月11日ですよ~

 

 大町市で2月11日の10時から14時まで中央通りで飴市が開催されます。

15軒の様々な味の野沢菜漬けの味見が出来ます。

中に何が入っているのかも表示されますので皆様のお家の味と比べながら

今後の何かにヒントを得ていただければと思います。resize0022

  昨年は、傘木家の野沢菜のニンニク漬けが

一番の評価を得ました。

皆さんが一番多く食べてくれたのがこのニンニク漬けだったと云う事です。

味の好みはそれぞれで良いと思います。

これでなくちゃいけないというこだわりもあるでしょう。

なにしろ母の味だったり長年連れ添った妻の味だったり、舌に刻まれた野沢菜漬の味は

懐かしかったり嬉しかったり少しせつなかったり、

若いころは塩がきつめでも年をとると

知らず知らずに少し薄味になっているかもしれません。

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 いつまでもこの野沢菜漬の文化は残したいものです。

大町市では野沢菜漬を「御菜」(おな)と呼びます。

頭にとつく葉っぱですから冬を過ごす中で

貴重だった漬物の一つとしてその存在の大きさを示している名前だと思いますよ。

 ヤママンさんのスペースをお借りして2月11日(祝日)に実施されますので

皆様、ぜひお越しください。

 追伸  

塩の道博物館では三神縁切りの太刀が御祭りしてあります。

この三神とは貧乏神と死神、疫病神の事ですがその三体の神と縁を切ってくれるのが

6尺にもなる長い刀<三神縁切りの太刀>なのです。

当日は貧乏神退散のお札入りの

お種銭を50名の方にお配りするようです。

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11時頃かと思いますがまだ時間は未定です。

何しろ50名限定ですので是非そちらもお楽しみにお越しくださいね。

2月11日は他にも超たくさんの楽しいイベントが山ほどありますから

いらっしゃい、いらっしゃい、楽しみに、大町市へいらっしゃい・・・・・・ねっ

新しい、雪遊びについて考えています。

 

いよいよ雪の季節になりました。

雪遊びはスキー場ばかりじゃないんだけどな~と

思いながら、長年何をしていけば良いのかが解らないでいました

ところが、ジャンっ

ある方が、8反分の田んぼを

無料で貸してくれることになりました。もちろん雪のある時だけですけどね。

300坪の田んぼが8枚ですよッ。

 

友達の家族とバージンスノーの田んぼの上に新しい足跡をつけるのも

一つの楽しみ方でしょうし、天気が良ければ、

その雪の上で焼き肉も楽しいでしょうし、パンツ一枚での日光浴もありですよね。

テントで一晩、ウィスキーを片手に極寒の夜を過ごすのもすごい思い出になるでしょう。

 

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運が良ければこんな朝やけの山を見られますから最高の瞬間ですよ。

 

 ただし今シーズンは、私たちでどのように楽しめるかを検証していく作業をしてみますね。

 冬の田んぼは夢の空間なのだ~。っといつもどおりに決めたところで

みなさんからの、雪の田んぼの利用方法を募集しますよ~。

 

連絡はこちらまでお願いします。   horiken@ar.wakwak.com 

                               <大町水物語りの会>まで

 

 意外とおじいちゃん、おばあちゃんが昔の遊びを教えてくれるかもしれません。。

農家にとっても大町市にとっても白馬、小谷にとっても冬に遊んでいる土地が

何かを生み出すきっかけになればうれしいですよね。

  爺が岳スキー場へ行く途中の田んぼの中で何かやっているな~と見かけた方は

是非声をかけてください。

 何かいい事が?あるかもしれませんよ。

そんなわけで、新しい企画ですが皆さんの御協力無くしては前に進みません。

是非よろしく、私を助けてくださいね。

                      

 

 

                   お、ね、が、い、ね。

黒部ダムカレー・ただいま増殖中・

 

カレーと云えば必ずのアイテムは水ですよね。

私たち大町水物語の会も水つながりで、力を込めて応援している企画です。

美味しいカレーに美味しい水とくれば、大町市は絶対に要チェックですよ。

  • レストラン扇沢の黒部ダムカレー               黒部ダムレストハウスの黒部ダムカレー
  •  レストラン扇沢のダムカレー             黒部ダムレストハウスのダムカレー

    ダムの形をしたご飯にカレーがせき止められ、他にも約束事があるダムカレーです。

    大町市で黒部ダムが完成してから、その入口の扇沢の食堂で観光客の皆さんに

    提供を始めたのがこの黒部ダムカレーなんです。

     その長い歴史に思いを馳せて市内の食堂、レストランの皆さんが13店舗、一致協力して

    現代版の黒部ダムカレーの提供を始めました。そんなカレーを紹介する物語がこれです。

    こまつうどん buta3_s   

  • 小松うどん店                              豚のさんぽ(4~5人で食べるギガサイズのカレー)
  •                              もちろん一人用もありますよ。

                     黒部ダムカレー物語

    1957年5月、黒部ダムへの道路工事も佳境に入ったその時に、トンネルは大破砕帯にぶつかり毎分40トンもの大量の出水にみまわれる中、工事は24時間休みなく行われました。

    水温は4℃と冷たく唇を紫色にした作業員達が震えながら場へ帰ってきて特辛のカレーをひと口、胃の中で燃え上がるカレーが体を温め、そしてドラム缶風呂に入ってから飲むのが爆弾ロックでした。早く酔ってつらい仕事を忘れたいために飲んだそうですが班によっては破砕ロックと呼んだようです。1963年に黒部ダムが完成してからは大町側からの入り口の

    扇沢レストハウスで黒部ダムカレーとして現在まで提供されております。

     大町市内の14店舗が、極寒の黒部で働いた作業員の皆さんに愛されたカレーを

    それぞれのお店の思いを込めて現代版黒部ダムカレーとして販売をしています。

    黒部ダムの工事と共に歴史を刻んだカレーを是非ご賞味ください。

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    ダムカレーを食べて風呂に入って爆弾ロックを飲む。

    つらい事を忘れに大町市へいらっしゃい。いらっしゃい、いらっしゃい、大町へいらっしゃい。

    大町はやさしい気持ちがいっぱい詰まった町なのだ~。

    祭りを終えて・・・・

     

    若一王子神社のお祭りが終わりました。

    射隊の子供が10人、もちろん馬も10頭、各町の10町の思いを乗せて

    奉納したわけですがみんなよく頑張りました。 この子たちの未来が明るいものになりますように祈っちゃいますよ。

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    5台の舞台がたくさんの子供たちにひかれ、奉納されました。

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    暑いだろうと商店街のアーケードの下で霧を発生させました。

    今回は女清水で発生させましたが

    子供達は大喜びです。

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    女清水と男清水のペットボトルにそれぞれの水を満たして笑顔で歩く人たち。

    お幸せになりますように祈っております。

    それにしても、昼間に舞台と流鏑馬の通った後のさみしさは筆舌に尽くしがたいものがありますよ。

    IMGP1862  IMGP1864     (平成20年度の写真)

     2009_0726_214246-DSC_0206

    それにしても奉納を終えた流鏑馬が、夜に帰ってくる様は本当に幽玄ですよ。

    かっては舞台も帰ってきたのです。今は帰ってこなくなってしまいましたがそれが残念です。

    またいつの日か提灯の明かりの中を静かにお囃子が流れ

    舞台の車輪の軋む音が商店街にこだまする。

    そんな時がいつかやってくる事を夢見て、祭りの夜は更けてゆくのだ~。

    8月1日(土)にはやまびこ祭りがあります。

    踊り明かすたくさんの人達の汗が道にこぼれおちる夜になるでしょう。

    さ~いらっしゃい、いらっしゃい、大町へいらっしゃい。

    昔、懐かし大町の町なかフォトコンテスト募集中・7月27日まで

     

    昭和が終わり21年がたとうとしている今、大町市ではまちづくり委員会の皆さんが

    大町の市内の昭和を感じるスポットを写真で募集しています。

    年代によってその想いはそれぞれかとも思いますが私(57歳)なりに写真を撮ってみました。

    2009_0719_105039-IMGP2720  

    子供のころ(昭和30年代)夕方まで外で遊び、外灯の裸電球のやさしい黄色がなぜか

    今でも心に残っています。

     夕暮れには薪のお風呂が多かったのかもしれませんが、うすい靄のような

    煙が漂い、その煙の中に家々の夕飯の匂いまで漂っていました。

    2009_0411_1042ホンダ奥 (2)

     帰りの遅い子供を呼び戻す母親たちの大きな声が、叱られる自分と重なって夕暮の太陽に

    もっとゆっくり沈んでほしいと思ったのはあの時代だったからなのでしょうか。

     

    あの頃の大人たちの写真は顔を少し斜に構えて、目は遠くの水平線の上を見るような

    今になって考えると坂本竜馬の写真の感じなのかな?

    そんな写真が多かった気がしています。

     今の時代が恵まれないのではなく昭和の前半は少しの例外を除いてみんなが貧乏でした。

    貧乏が恥ずかしいのではなく、道義に外れる事が恥ずかしい時代でした。

    その時代の大人たちがカメラから目線をはずして遠くの山を見るようなポーズをとっていたのは

    坂本竜馬がその目線の先に日本の未来を見ていたのと、きっと同じだったはずです。

    「日本の夜明けは近い」と大声で叫んでいたのでしょう。

     

    細い路地にかくれんぼの子供の声さえ聞こえなくなってさみしいですよね。

    朝の来ない夜はないとも云います。

    せっかくのチャンスです。みんなで貧乏になりましょう。

    貧乏こそが日本の再生への起爆剤になるはずです。・・・・・・チャンチャン

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    私たちは、過去から受け継いだものを決して忘れません。をサブタイトルにして

    7月27日まで大町市内の懐かしさを感じる写真を募集しているそうです。

    現代にあって、昭和を感じさせる写真だって考えると、

    また一つ自分の町並みを見る目が変わって楽しいものですよ。

    白黒の写真でサイズはL判を1枚持って参加しましょう。

    商工会議所に応募用紙がありますので皆さんも参加してみたらいかがですか。

    応募が少なくて景品が多数のようですので参加する価値大です。

     

    集中豪雨に皆既日食に衆議院選挙に多くの事が一気に押し寄せてきたような一日でした。

     

     トニー嵐丸でした。

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