Archive for the ‘お知らせ’ Category


若王丸について 北条屋敷の巻

?

ホタルと若丸(にゃくおうまる) 北条屋敷のお話です。

鎌倉時代のお話です。北条時政の嫡男として16歳で戦に出た若王丸は戦場で右腕を切り落とされてしまいました。若王丸の父母はとても悲しみましたが切られた右腕が戻るはずもありません。

父母は家来の吉澤三郎を若王丸の右腕がわりに同行させ、戦の少ない信州の大町で過ごさせるようにたくさんのお金を持たせて送り出しました。

二人はやっとのことで大町の西に位置する平村にたどり着き、若王丸は残った左手でえんじゅの木を植えました。その傍らに住まいを作り周りの村人たちと仲良く暮らし始めました。

もともと信州の雪深い山のふもとですから水も冷たく作物も多くは取れない土地柄です。

その冷たい水のせいか初夏とはいえ数えるほどのホタルしかいなかったのですが、不思議なことに若王丸がここに住み始めてからそのホタルが年々増えていったのです。

ある初夏の夜、家来の吉澤三郎が庭に下りると幾万と言うホタルが、若王丸の植えたえんじゅの樹に集まり、誰かを待っているかのように天に向かってまるで矢のような形で光り始めました。

そのあまりの光景に驚いた三郎は部屋にいた若王丸に大きな声で呼びかけました。

「若様、若様、一大事でござりまする。」

若王丸が外に出るとその幾万のホタルは徐々に樹を離れ若王丸に向って飛んでいったのです。

なんと、すべてのホタルは若王丸の切り落とされて無いはずの右腕に集まり光る右腕となって動き始めたのです。そのあまりの神々しさに三郎は腰を抜かしてしまいました。

その話を村人たちも聞き、神か鬼か、どちらにしても皆で見にゆこうと言う事になり生垣に隠れてそのホタルの右腕が動き出すのを今か今かと待ちました。

若王丸が庭に出ると幾万のホタルが集まり、光る右腕となったその時に、皆が隠れていた生垣から小さな女の子が婆様の手を振り切って若王丸の前に飛び出してしまいました。

「若様、若様は鬼じゃないよね、吉澤さまが言うように若様がもし神様なら、婆様の曲がった腰をまっすぐにしてちょうだい。」

若王丸の光る右腕が静かに高く上がりその指が天を指すと、その右腕から幾万のホタルが離れ、生垣に隠れていた婆様の腰に向かって飛んで行きました。

婆様の曲がった腰が大きく光ってしばらくするとホタルは飛び立ち、また若王丸の光る右腕に帰りました。すると驚くことに婆様は腰を伸ばして真っすぐ立っているではありませんか。曲がっていた腰が治ったのです。

この噂を聞きつけてひと目だけでも若様を見ようと、沢山の人が押し寄せるようになり、いつからか人々は若王丸のお屋敷の事を北条屋敷と呼ぶようになりました。

いまでも北条屋敷跡としてその名が残り、ホタルが舞うのを見るとこの土地の人々は若王丸の力を分けてもらおうと右手を天高く突き出すのです。もし右腕に北条家のホタルが止まった運の良い人は特別の力が授かり、どんな願いでも叶うと今でも語り伝えられています

2009_0420_141952-IMGP2540

ホタルのいない時期は北条屋敷跡近くに若王丸を祭った若宮社がありますので。どうぞお参り下さい。

500年以上もの長い間この地域の人たちの心に残り手厚く祭られた若王丸は今でもホタルを操っているのでしょうか。会ってみたいものですよね。若宮社を訪ねたらきっと会えるはずですよ。

吉澤三郎様の子孫の方々も周りにたくさん住んでいます。いまでも吉澤姓のままですから、もし話が聞けたとしらあなたも相当運のいい方ですよ.

毎年4月22日は若宮社の祭典です。吉澤さんたちがたくさん集まりますよ。10時からですが一度は見ても良いかもしれません。鎌倉時代の若武者が浮かんでくるかもしれませんね。

大町市には長い歴史を堅く守り続ける人たちがたくさんいるのだ?、と、いつも通りに決めたところで桜がいま満開です。

?で一句、五百年桜一枝春祭り

いらっしゃい、いらっしゃい、さ?いらっしゃい、大町へいらっしゃい。

トニー嵐丸

桜前線と山火事は関係があるそうですよ

 

4月18日(土)午後3時00分ころ消防車を見ました。サイレンと鐘を鳴らして北に向かっていくので、車を止めて北の空を見ました。

すぐ近くで白い煙が上がっていましたが畦焼きだろうと思いましたがそれにしては煙の量が多いな?、畦焼きが燃え広がったのかな?

すぐに車を発進させましたよ。300メートルぐらい先で見えました。

2009_0418_145948-IMGP2535

こちら見える高さ3メートルほどの土手はすでに真っ黒に焼けてその上の平から赤い火が幾つも昇っていました。

山裾でもあるので早く消さないと、消防士の皆さんが手前の川にホースを突っ込みました。

そのホースにつなげるホースを走りながら担いできましたよ。

がんばって?。早く?。

2009_0418_145922-IMGP2532

と、思う間もなくなんと、この後1分ほどで鎮火。

素早い対応に感謝です。私の記憶ですと江戸時代にこの近くの火事から始まって市内のすべてを焼

き尽くす大火事になったことがあったはずですよ。

市内の古い家の跡地をスコップで掘る機会がありましたが、炭化した地層が確かにありましたからあ

ながち違う事はなさそうです。

 

大町市の桜がいま満開です。この焼けた土手の上に桜並木がありまして、北アルプスの残雪と桜

が、本当に絶景なんですよ。

omachikouenn3cm

毎年全国的に桜の開花に合わせるかのように山火事があるそうです。

野焼のせいもあるのでしょうが今日の火事は風が無かったのが不幸中の幸いでした。

大町市は川の水も豊富ですから、火事も消せたんでしょうね。

大町水物語の会として無理やり話を水に持って行ったところで長い間御無沙汰をいたしました。

約20日ぶりですよね。やっと帰ってまいりました。長い充電期間も終わりましたので、

これからしっかりと放電させて戴きます。

大町市は宝の山に囲まれているのだ?と、いつも通りに決めたところで、

これから皆さんよろしくお願いいたします。

野沢菜漬け味めぐり in 大町市

野沢菜漬けが各家々で味付けが違うのは知っていました。
お茶うけに野沢菜漬けをごちそうになり、2軒隣へ行ったらまた野沢菜漬けだったというようなことは過去に有りました。
しかし驚くほど味が違うかどうかは?人間の舌はしばらく前の味を鮮明に覚え続けられません。

と言う訳でもう過ぎちゃいましたけれど2月11日の飴市で、今回12軒の野沢菜漬けを並べて見ましたよ。しかも傘木家、塩入家、矢口家など名字を入れ、その下に漬け込んだ時に入れた各種材料を(塩、トウガラシ、ざらめ等)表にして掲示しながら味を見てもらいました。試食の形をとりましたが、結果は想像を大きく超えて、大変な驚きでした。

朝11時からの予定が10時半にはお客様が出始めて、あっという間に黒山の人だかりになり、それが午後の2時半までずっと続いたのです。

resize0022

醤油漬けの味が好きとか、私はこっちのざらめの入ったのが好きとか、柿の皮が入っているんだね。へえ?・・・とか。
会場の中はたくさんの批評家(笑)で埋め尽くされました。

resize0023

もともと12軒のほとんどは商店街の奥様達にお願いしてご用意頂いた野沢菜漬けです。
「味に自信が無いから、絶対にお店の名前は出さないでね。」と、何度も念を押され、やっと名字を入れたポップを出したのです。

ところがですよ、黒だかりの人たちの後ろで隠れるように様子をうかがっていた出品者の奥様方も「美味しい、美味しい」と言う人たちの声でだんだん自信に充ち溢れた顔つきになってきましたよ。

「うれしい、こんなもんでも喜んでくれるだね。」
「こんなこんでよけりゃ?来年はもっとうまくやるわ?」

ある人に野沢菜漬けの味めぐりなんてやったって、どこの家にもあるんだから誰も来ないよと、言われましたが、やって良かったなと思いますよ。

動けばいいんですよね。
こんなにたくさんの人たちが来てくれて大町水物語の会の一同、心より感謝いたしますよ。

大町の野沢菜漬けの文化は、これから花が開くのだ?。

いつも通りに決めたところで、来る2月21日(土)夜7時より大町温泉郷の野外ステージにて野沢菜漬けの粕汁の振舞いがあります。

resize0025

いらっしゃい、いらっしゃい、おおまちへ いらっしゃい
打ち上げ花火もあるよ?。

野沢菜づけについて

今回は2月11日(飴市)の時に大町市の駅前から5分の所で野沢菜漬けの味めぐりをします。というイベントのご案内です。

当日はそれぞれの家での野沢菜漬けの味付けの違いがすぐ解るようにOO家の表示と共に中身の表示をしますので、各家にアンケートを書いてもらいその用紙の回収に歩きましたよ。13軒もの味が楽しめるんですから、足どりも軽いですよ。

アンケートを見ると、お?っと驚きの結果です。私の予想をはるかに超えていましたよ。
メカブ入りの野沢菜漬けがありました。しかしこれは少しは理解できますよね。
驚いたのは、なんと塩のみの野沢菜づけがあったことです。

常識破りの、・・・・・・そうはいっても私が常識ではありませんから、はやくも当日が楽しみです。シンプル イズ ベストと言う言葉もありますから。

?

楽しいイベントになりそうです。
たくさんの皆さんが来てくれると嬉しいな?。

政治家や官僚の常識を疑う日々が続いていますが野沢菜漬けに限って言えばその常識破りこそが何かの期待感をもたらすような気がするのは、私だけでしょうか。

大町市には驚きの出会いがたくさんあるのだ?。と言う事で
もうすぐ11日です。
さ?いらっしゃい、いらっしゃい
野沢菜漬けだけじゃなく粕汁のふるまいや酒蔵が酒米でつくったの甘酒もいっぱいありますよ?。しかも女清水と男清水と2種類の水で仕込まれた甘酒ですからその違いを楽しむのも面白いですよ。

みんなでやる、・・・という事 第2章

11月23日の日曜日に大町市の本通りの中ほど、女清水の塩入家具前とその向かいの男清水のわちがい前で野沢菜のお菜洗いをやるんですよ。9時から16時頃まで頑張るぞー。

なんと60束を洗うんです。
大町水物語の人たち、八坂の人たち、美麻の人たち、商店街の人たちの
みんなでやるんですよ。

一軒で5?6束あらうのと60束洗うのでは規模が違います。
野沢菜漬けの文化を、強いアピールで皆さんに呼びかけるにはやっぱり、みんなでやるという事ですよね。

トムソーヤが板塀のペンキ塗りをしている時に「楽しいな。楽しいな。こんなに楽しい事があるんだ。」と、独り言を言いながらペンキ塗りをしていると、小さな子供たちがいっぱい集まってきて「やらして。やらして」とあっという間にペンキ塗りのお仕事が完了してしまったお話を思い出しました。

お菜洗いもあっという間に終わるといいんですけど、冷たい水の中に手を突っ込んで楽しいはずもないですよね。

ああ、世の中そんなに甘くないかー。

お菜洗いが大変で野沢菜漬けを止めてしまったお年寄りもいるやに聞くとやっぱり大町の文化ですから、止めてほしくないですものね。じゃー、私たちが洗っちゃおうよ。となったんですよね。
「お菜洗いはたのしいですよ」 ほ・ん・と・

参加自由ですからみなさん、特別に洗わして、あ・げ・る。

だから、いらっしゃいよねー。
この場所ですぐにお菜漬も一緒にやっちゃうんだな。
来年の2月には商店街の家々の野沢菜漬けがふるまわれます。
いろんな味の違いを楽しみに、大町市の商店街へ来て下さいね。

大町市の食文化は、不滅なのだー。

おふくろさんの味が生きているまちなのだー。

6ページ中4ページ目« First...23456