7月19日の日曜日に朝8時50分からわちがいさんの一室にて
<若一王子神社が大町市の水路に果たした役割について>大町市の教育長の
荒井今朝一さんを招いてのワークショップを開催しました。
およそ4メートルはあろうかという、古地図の複製を広げておよそ300年前の大町の
政治や土木工事や庶民の暮らしなど、大変興味深いお話が満載でした。
約20人の皆様が驚きの顔をしていたのが印象的でした。
大町市の市内を仁科のお殿様が開発しようとした時に一番のネックは鹿島川の治水でした。
暴れ川だったために水抜きの水路を造ったり、堤防はたとえ一つが破られても2番目、
3番目の堤防が絶対に市内に水をあふれさせないように、近隣在所から村民が駆りだされ、
それぞれの集落の衆の働いたその人工までが記されているのです。
オレンジ色に見えるのが堤防です。左からいくつもあるのが解るかと思います。
その水を市内までおとなしくさせて引いてきました。そうしなければ町に人は住めなかったのです。
その水が町で悪さをしないように、鎮めるために王子神社は祭られたとのことで、もうすぐお祭りですが,改めてゆっくりとこのお宮の位置するところを考えてみたいと思いましたよ。
はたして、この堤防の建設に駆り出された人々は何百年もの未来の、
この川の川下の人々の幸せを願って頑張ってくれたのだと考えると、
私たちはその想いに応えるまちづくりを今もしているのかと、
心の底から考えさせられる貴重な時間をいただいた気がしました。
荒井さんのお話をお聞きした後には、市内の小川の一つ一つに、
かっての人たちの働く姿が見えてくるような気がして何か不思議な一日となりました。
ローマは一日にして成らず、ですよね。
これからのまちづくりは、私みたいな者ではなく若い中学生ぐらいから
地域の歴史を理解してもらう中から生まれてくるのが理想と云えるでしょう。
時代は巡ると云いますが、何も知らなかったのに同じことをいつの間にかしていた・・・・・って
云う事ではないはずです。
戦後すぐの大町の航空写真の映像を見ながら、
今の大町市が、今後どうあるべきか、皆様と一緒に考えていきたいと思います。
いつか来た道、いつかゆく道。
大きく膨らんだ風船も必ずしぼみます。大町の人々が相慈しむまちづくりは必ず出来るはずです。
このまちの、姿が一番光り輝いて見えるためには、一体何をしていったらよいのでしょうか。
このまちの人たちが一番輝くためには、
一体・・・・・・・・
熊蔵でした。
