昔、懐かし大町の町なかフォトコンテスト募集中・7月27日まで

 

昭和が終わり21年がたとうとしている今、大町市ではまちづくり委員会の皆さんが

大町の市内の昭和を感じるスポットを写真で募集しています。

年代によってその想いはそれぞれかとも思いますが私(57歳)なりに写真を撮ってみました。

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子供のころ(昭和30年代)夕方まで外で遊び、外灯の裸電球のやさしい黄色がなぜか

今でも心に残っています。

 夕暮れには薪のお風呂が多かったのかもしれませんが、うすい靄のような

煙が漂い、その煙の中に家々の夕飯の匂いまで漂っていました。

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 帰りの遅い子供を呼び戻す母親たちの大きな声が、叱られる自分と重なって夕暮の太陽に

もっとゆっくり沈んでほしいと思ったのはあの時代だったからなのでしょうか。

 

あの頃の大人たちの写真は顔を少し斜に構えて、目は遠くの水平線の上を見るような

今になって考えると坂本竜馬の写真の感じなのかな?

そんな写真が多かった気がしています。

 今の時代が恵まれないのではなく昭和の前半は少しの例外を除いてみんなが貧乏でした。

貧乏が恥ずかしいのではなく、道義に外れる事が恥ずかしい時代でした。

その時代の大人たちがカメラから目線をはずして遠くの山を見るようなポーズをとっていたのは

坂本竜馬がその目線の先に日本の未来を見ていたのと、きっと同じだったはずです。

「日本の夜明けは近い」と大声で叫んでいたのでしょう。

 

細い路地にかくれんぼの子供の声さえ聞こえなくなってさみしいですよね。

朝の来ない夜はないとも云います。

せっかくのチャンスです。みんなで貧乏になりましょう。

貧乏こそが日本の再生への起爆剤になるはずです。・・・・・・チャンチャン

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私たちは、過去から受け継いだものを決して忘れません。をサブタイトルにして

7月27日まで大町市内の懐かしさを感じる写真を募集しているそうです。

現代にあって、昭和を感じさせる写真だって考えると、

また一つ自分の町並みを見る目が変わって楽しいものですよ。

白黒の写真でサイズはL判を1枚持って参加しましょう。

商工会議所に応募用紙がありますので皆さんも参加してみたらいかがですか。

応募が少なくて景品が多数のようですので参加する価値大です。

 

集中豪雨に皆既日食に衆議院選挙に多くの事が一気に押し寄せてきたような一日でした。

 

 トニー嵐丸でした。