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チリの地震から発生した津波が日本までやってきました。
シュミレーションで赤い津波が徐々に波紋を広げて日本に向かう映像は
なかなかの恐怖感を覚えましたよ。
M8.3は阪神大震災の700倍のエネルギーだと聞いてで驚いていたところに
津波の警報がテレビ画面に朝から夕方までどのチャンネルを開いても映し出されていました。
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1960年のチリ沖地震はM9.5だったようですからちょうど50年で
またも大きな地震が起きたわけですよね。
1960年のその地震による津波は三陸を中心に142人もの死者を出し
大きな被害を出しました。
もし、大町市でこの規模の地震では無いにしても大きな地震が起きた時には、どうなるのでしょうか。
道路に倒れ込んだ建物の除去や、つぶれた建物からの救出などは
地元の土木業者や建築業者の皆さんのボランティアにおすがりをするしかありません。
まず道路を通れるようにしなければ救援の車も入ってはこれません。

1975年1月1日午前11時20分に発生した青木湖のバス転落事故の時に
県警や地元警察や多くの救援の皆さんと一緒に
徹夜で遺体のの引き揚げ作業をしてくれたクレーン業者さんが
大町市にいたのです。24名の若く尊い命が失われた悲惨な事故でした。
道路から30メートルも下の湖面のさらに深く沈んだバスの引き揚げ作業も
その業者さんのボランティアだったそうです。
このように、もし大町に地震が起きた時に大切なのは経験の深い地元の技術者の皆さんです。
ところが、このところの不況でインフラ整備に一番大切な業者さん達が疲弊しています。
業種転換の勧めまであるようですが、はたしてそんな事で良いのでしょうか。
大町市は北の道路は山が崩れたら終わりですし南の道路の多くに橋が掛かっていますから
すこし橋がずれただけでも車は通行できません。
すぐに陸の孤島になってしまう土地柄だと想像されます。
地震によって破壊された町を立て直すために
市内の土木建築業者の皆さんのお力に
おすがりをするのなら
その分野での企業力を育てていかなければなりません。
ところが逆にこの数年で100トンクレーンや大型バックホウなどが大町市から
どんどん消えてその絶対数を大きく減らしているのが現状です。
経済と云う言葉の語源は經世濟民(経世済民 / けいせいさいみん)であり、
中国の古典の言葉です。
文字通り「世を經(おさ)め、民を濟(すく)う」の意味です。
もし復旧のための保険として業者さん達を支援していくのが難しいのならば
県や市の職員の皆さん達も是非大型重機の免許を取得して
その運転技術を磨いて大町市民を救ってほしいな?と思います。
傷ついた市民を一刻も早く救うためには 少ない重機であっても
協力し合って昼夜を問わずに作業をしなければなりません。
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その為にもせめても多くのオペレーターを育て、
いざという時の災害に備えなければならないと思いますが、
果たして皆様はどのようにお思いですか?
大町市在住の市民で、大型重機のオペレーター資格を持っていてしかも
その経験年数を加味しながら災害復旧に協力してくれる皆さんの連絡リストを作りましょうよ。
それだけやっても当事者の心理は、まず一番先に家族の救出、
二番目に今住んでいる自治会の復旧、3番目にやっと大きな地域としての復旧なのです。
また重機は軽油ほか燃料の確保が必要です。その供給をするスタンドも電気が必要です。
さらには水やトイレが必要となれば、さ?みんなでやる事がいっぱいですよ。
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チリの地震で被害にあわれた皆さんの一日も早い復旧とお怪我の回復と共に
亡くなられた方の御冥福をお祈り申し上げます。


