祭りを終えて・・・・

 

若一王子神社のお祭りが終わりました。

射隊の子供が10人、もちろん馬も10頭、各町の10町の思いを乗せて

奉納したわけですがみんなよく頑張りました。 この子たちの未来が明るいものになりますように祈っちゃいますよ。

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5台の舞台がたくさんの子供たちにひかれ、奉納されました。

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暑いだろうと商店街のアーケードの下で霧を発生させました。

今回は女清水で発生させましたが

子供達は大喜びです。

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女清水と男清水のペットボトルにそれぞれの水を満たして笑顔で歩く人たち。

お幸せになりますように祈っております。

それにしても、昼間に舞台と流鏑馬の通った後のさみしさは筆舌に尽くしがたいものがありますよ。

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それにしても奉納を終えた流鏑馬が、夜に帰ってくる様は本当に幽玄ですよ。

かっては舞台も帰ってきたのです。今は帰ってこなくなってしまいましたがそれが残念です。

またいつの日か提灯の明かりの中を静かにお囃子が流れ

舞台の車輪の軋む音が商店街にこだまする。

そんな時がいつかやってくる事を夢見て、祭りの夜は更けてゆくのだ?。

8月1日(土)にはやまびこ祭りがあります。

踊り明かすたくさんの人達の汗が道にこぼれおちる夜になるでしょう。

さ?いらっしゃい、いらっしゃい、大町へいらっしゃい。

昔、懐かし大町の町なかフォトコンテスト募集中・7月27日まで

 

昭和が終わり21年がたとうとしている今、大町市ではまちづくり委員会の皆さんが

大町の市内の昭和を感じるスポットを写真で募集しています。

年代によってその想いはそれぞれかとも思いますが私(57歳)なりに写真を撮ってみました。

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子供のころ(昭和30年代)夕方まで外で遊び、外灯の裸電球のやさしい黄色がなぜか

今でも心に残っています。

 夕暮れには薪のお風呂が多かったのかもしれませんが、うすい靄のような

煙が漂い、その煙の中に家々の夕飯の匂いまで漂っていました。

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 帰りの遅い子供を呼び戻す母親たちの大きな声が、叱られる自分と重なって夕暮の太陽に

もっとゆっくり沈んでほしいと思ったのはあの時代だったからなのでしょうか。

 

あの頃の大人たちの写真は顔を少し斜に構えて、目は遠くの水平線の上を見るような

今になって考えると坂本竜馬の写真の感じなのかな?

そんな写真が多かった気がしています。

 今の時代が恵まれないのではなく昭和の前半は少しの例外を除いてみんなが貧乏でした。

貧乏が恥ずかしいのではなく、道義に外れる事が恥ずかしい時代でした。

その時代の大人たちがカメラから目線をはずして遠くの山を見るようなポーズをとっていたのは

坂本竜馬がその目線の先に日本の未来を見ていたのと、きっと同じだったはずです。

「日本の夜明けは近い」と大声で叫んでいたのでしょう。

 

細い路地にかくれんぼの子供の声さえ聞こえなくなってさみしいですよね。

朝の来ない夜はないとも云います。

せっかくのチャンスです。みんなで貧乏になりましょう。

貧乏こそが日本の再生への起爆剤になるはずです。・・・・・・チャンチャン

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私たちは、過去から受け継いだものを決して忘れません。をサブタイトルにして

7月27日まで大町市内の懐かしさを感じる写真を募集しているそうです。

現代にあって、昭和を感じさせる写真だって考えると、

また一つ自分の町並みを見る目が変わって楽しいものですよ。

白黒の写真でサイズはL判を1枚持って参加しましょう。

商工会議所に応募用紙がありますので皆さんも参加してみたらいかがですか。

応募が少なくて景品が多数のようですので参加する価値大です。

 

集中豪雨に皆既日食に衆議院選挙に多くの事が一気に押し寄せてきたような一日でした。

 

 トニー嵐丸でした。

大町市はこうしてできた。・・・・

 

7月19日の日曜日に朝8時50分からわちがいさんの一室にて

<若一王子神社が大町市の水路に果たした役割について>大町市の教育長の

荒井今朝一さんを招いてのワークショップを開催しました。

およそ4メートルはあろうかという、古地図の複製を広げておよそ300年前の大町の

政治や土木工事や庶民の暮らしなど、大変興味深いお話が満載でした。

 

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約20人の皆様が驚きの顔をしていたのが印象的でした。

大町市の市内を仁科のお殿様が開発しようとした時に一番のネックは鹿島川の治水でした。

暴れ川だったために水抜きの水路を造ったり、堤防はたとえ一つが破られても2番目、

3番目の堤防が絶対に市内に水をあふれさせないように、近隣在所から村民が駆りだされ、

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それぞれの集落の衆の働いたその人工までが記されているのです。

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オレンジ色に見えるのが堤防です。左からいくつもあるのが解るかと思います。

その水を市内までおとなしくさせて引いてきました。そうしなければ町に人は住めなかったのです。

その水が町で悪さをしないように、鎮めるために王子神社は祭られたとのことで、もうすぐお祭りですが,改めてゆっくりとこのお宮の位置するところを考えてみたいと思いましたよ。

 はたして、この堤防の建設に駆り出された人々は何百年もの未来の、

この川の川下の人々の幸せを願って頑張ってくれたのだと考えると、

私たちはその想いに応えるまちづくりを今もしているのかと、

心の底から考えさせられる貴重な時間をいただいた気がしました。

 荒井さんのお話をお聞きした後には、市内の小川の一つ一つに、

かっての人たちの働く姿が見えてくるような気がして何か不思議な一日となりました。

 ローマは一日にして成らず、ですよね。

これからのまちづくりは、私みたいな者ではなく若い中学生ぐらいから

地域の歴史を理解してもらう中から生まれてくるのが理想と云えるでしょう。

 時代は巡ると云いますが、何も知らなかったのに同じことをいつの間にかしていた・・・・・って

云う事ではないはずです。

戦後すぐの大町の航空写真の映像を見ながら、

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今の大町市が、今後どうあるべきか、皆様と一緒に考えていきたいと思います。

いつか来た道、いつかゆく道。

大きく膨らんだ風船も必ずしぼみます。大町の人々が相慈しむまちづくりは必ず出来るはずです。

このまちの、姿が一番光り輝いて見えるためには、一体何をしていったらよいのでしょうか。

このまちの人たちが一番輝くためには、

                           一体・・・・・・・・

 

          熊蔵でした。

メンドシーノの子供達

 

大町市へメンドシーノ(サンフランシスコから車で北へ4時間)の子供達がやってきました。

今日7月4日(土曜日)は、学校も休みですから朝から太鼓作りやフェルトを使っての作品作りや

美麻地区の市民農園が大賑わいです。

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どこの国でも、子供はいろんなことに興味を示しますよね。それが異国の事ならばなおさらです。

桶太鼓も何とか形になると、バチを持っての太鼓の演奏です。

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それが結構上手なんですよ。

外では日本の子供も負けていません。

「マイ・ネーム・イズ・000000000」

2009_0704_111106-DSC_0047 正面の僕は4歳なんですけれど

うしろに後ずさりしながらも、きちんと英語で伝えています。

この子が大きくなったら必ずこの経験が生きるはずだと思いますよ。

パソコンをやっていると特に英語の必要性を強く感じるときがあります。

美麻地区の子供たちとメンドシーノの未来に、本当に乾杯です。

 

忘れる事が増えてきた私にとっても、もう一度英会話をやってみようかな?と思う一日になりました。

大リーガーになりたいと云う子がいました。そのフォームを覚えておいてくださいね。

いつにか、この子が夢をかなえてアメリカ野球の一員になった時に大きな拍手をお願いしますよ。

そのフォームがこれです。

 

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今、大町市では、たくさんの子供たちの未来が花開こうと準備しています。

みなさんも、街中でメンドシーノの子供たちを見かけましたら、声をかけてやってくださいね。

「ヘロウ」でも「ハロウ」でもいいですよ。

大町は英語が飛び交う町なのだ?。…という事で

さ?、いらっしゃい、いらっしゃい、大町市へいらっしゃい。

ベンチをきれいにしましたよ。

 

大町市の本通りの中ほどにベンチがたくさんあります。

だいぶくたびれてしまって危険かな?って思っていました。。

H11年カネマン・ジャスコ大町店が

市街地へ移転してしまった時の置き土産のベンチですが十年も雨ざらしでしたから

ぼろぼろで当たり前ですよね。

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そうは言っても何年かの間にこのベンチの木部に防腐塗料を塗っていれば

もう少し長持ちしていたのかな、とも思いましたけどね。

そこで、大町市の<きらり輝く協働のまちづくり事業>の補助金を

利用させていただいて

9台あるベンチのうち4台を木部の交換、5台を塗装、

商店街の人たちとともに、朝9時から頑張りましたよ。

そして出来あがったのがこちら。 じゃんっ。

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八十二銀行の西側です。

これじゃ小さくてわからない? う?ん、当然です。

ならばこの写真が東側です。

じゃん・・・・

 

 

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あのぼろぼろだったベンチが大変身です。

5センチ角の県産材のからまつを、

幾日もかけて2回の塗装と、

3回のふき取りを繰り返してここに運んで

ばらしてからまた組み立てる。

この作業にかかわってくれた皆さんの努力が素晴らしい結果となりました。

また、この作業の必要性を認めてくれた大町市に感謝申し上げます。

たくさんのお年寄り達や、小さな子どもさんを連れたお母さんお父さんの憩いの場と

なってくれることを祈っております。

やれることから、まずは動いてみよう。

動いたなら やれることからやってみよう。

を合言葉に集まってくれた皆さんがいたからこそ出来ました。

今回初参加の九日町の商店の皆様っ、

またお声掛けしますのでよろしくお願いしますね。

 

いつでもどなたでも、大歓迎です。

一緒に活動したら、面白いですよ。

難しいことはやりません。

だってやれることしかやらないんですから。

見学してみようかな?とか、

ちょっと体を動かしてみようかな?って思っている、そこの あなたっ

Mail; horiken@ar.wakwak.com  まで連絡くださいね。

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