月曜日, 12月 22nd, 2008 by トニー嵐丸 |
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独り言
家に帰ると楽しみな夕飯の時間です。
今晩は、何か女房が二ヤついているので嫌な予感ですよ。
「テレビで見たけど美味しそうだったから」
わっ、来た。おかずですよ、お・か・ず
いつものパターンですよ。
「新製品ねっ」
わたしが少し,口に運ぶと・・・・・・・・・・
「美味しいでしょー」
わたしは応えますよ。
「美味しいよ。次に作ってくれるなら3年後にしてね」って
すかさず女房が
「まずいってこと?」
「美味しいですよ。でもこの料理は5年後でいいかな」
「やっぱり、まずいってことじゃない」
「美味しいっていってるでしょう。まずいって一言も言ってないし~」
美味しいって大切ですよ。一日が楽しくなりますものね。
ちなみにわたしの最高記録は
「これは美味しいですよ。次に作ってくれるなら30年後にお願いね」
この時は、本当に美味しかったですよ。
少しですけど、身の危険を感じましたものね。(笑)
「もうつくってあ・げ・な・い・・・」
大町市はこれから新酒がおいしいですよ。なにしろ、最高の水を使用していますから。
お酒が美味しいってことは酒粕もうまいんですよ。美味しい粕汁に鮭や野沢菜漬けなんか合いますよ。温まりますしね。
大町の冬の夜は、暖かい料理が似合うのだ~。
月曜日, 12月 15th, 2008 by トニー嵐丸 |
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独り言
わたしは1952年生まれなんです。
25歳の1977年頃に、ある人から予定表を持っていますか?と、聞かれました。が、はじめは、何のことかわかりませんでしたよ。
その人が言うのには、自分が生まれてから死ぬまでの年表だというのです。
例えば、私は1975年に結婚をして1976年に子供が生まれましたのですぐに年表に書き入れるのです。私が生まれてからの自分の年齢、平成の年、妻との結婚から5年ごとの記念年、などいっぱい書き入れて、さっそく作りましたよ。
4年後の1980年……長男幼稚園入園
1982年……長男小学校入学
1988年……長男中学校入学
と、これを書き続けることによって家族の中で予定が共有できるのです。家を新築してローンが25年なら、その支払いの終わる年にローン終了と書き入れるのです。
毎年毎年、この年表を見ると、責任の重さと、自分の一生が・・・・・
なーんだ、こんなものなのか~。・・・・・・・と、思いますがこんな事じゃいけない、なにか生きる証をみつけなくちゃと思えるようになりますよ。
紙一枚に自分の一生が書き込まれると、結構辛いものがありますよ。
しかし、誰にも見せる訳でもありませんから年末に一人でその紙を見て、反省と共にこの家族の幸せのために、自分がなすべきことの再確認をしているんです。
今2008年ですよね。今その年表を見ていますけど、終わりは2052年…・・・100歳って書いてありますよ。もちろん自分で書いたんですけどね。
後ろから、その紙を覗きこんで
「あんなにお酒ばかり飲んで100歳までなんて、生きられっこないじゃない。」
と妻からの、無情な声。
さらに、「そんなに長生きされたら・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
放送禁止です。
今日の夜は寒さが沁みるな~。
大町市の夜は、人の温かさが心に沁みる夜なのだー。
日曜日, 12月 14th, 2008 by トニー嵐丸 |
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独り言
パソコン不調でした。ごめんなさいね。二週間のご無沙汰でした。年末に向けて皆さん、頑張りましょう。
というわけで、本題です。
第二次世界大戦が終戦になり、全てのことが一変した世の中になりました。
戦争が終わった未来に喜んだ人たちに今までのことが敗戦によって、すべて否定された人たちに、貧乏で大混乱の時代が始まったのです。
戦争に子供を送り出した教師は力を失い、憲兵や警察、政治家や官僚たちが立場を失くし、戦争中の巨大な権力も失ったのです。
そんな時代に大きく羽ばたいたのが。いまのトヨタやソニー、ナショナルや世界の企業の面々です。
もちろんその主役は、戦争の苦労から解放された一般市民でした。
規制もなく、邪魔をする役人もおらず、袖の下を要求する政治家もいません。マイナスからの出発でしたが、希望に満ち溢れた時代でした。
一生懸命に勉強をして、一生懸命に働くことが、いつかこの地域を変え戦争で荒れた土地や心まで、豊かなものにしてくれるのだと、考え行動した若者もたくさんいました。
金も無く、ろくな食事も無く、だけど夢だけはあふれていたそんな時代でした。いつからでしょう。すべてを失い始めたのは。
- 少しの金を持つことが出来た頃からでしょうか。
- 食べ残しを惜しげもなく捨てることが出来るようになった頃からでしょうか。
- 政治が民のためでなく、政治家個人や一部の金持ちのためとなった頃からでしょうか。
- 官僚がそんな政治家を見限って、やりたい放題しはじめた頃からでしょうか。
- 日本の未来のための今が、わからなくなった頃からでしょうか。
- PTAが、自分の子供に限ってと、口にしだした頃でしょうか。
- 勉強など嫌いな子供までもが、大学に入れるようになった頃からでしょうか。
- 親が威厳を失い、核家族化が進んだころからでしょうか。
- 子供の出世を願い、都会へ都会へと送り出した頃からでしょうか。
- 地域作りをいつからか、役所まかせにした頃からでしょうか。
- 扉一つで、隣の人の顔が見えなくなった頃からでしょうか。
いつの間にか国の役人は、あの戦時中のような力を持ってしまいました。企業が育とうとすると、規制と言う除草剤をまき散らします。政治家が資料を出せと言っても、絶対に出しません。

国の金も人の金だとばかり、使い放題です。
そんな役人ばかりではないと信じたいのですが、新聞や報道で知る限り国民としては無念の極みです。
もう一度あの戦後のガラガラポンで、国の役人の力をゼロにしなければなりません。
その点、大町市の職員の皆さんは頑張っていますよ。
なぜかって?お金が無いからですよ。(笑)
お金が無いから知恵を出して幸せを追求しているんです。。歴史は繰り返す。と言いますよね。であるとしたら、大町市は今、Yes We Can
貧乏だけど夢と希望が満ち溢れている素晴らしい街なのだー。
水曜日, 12月 3rd, 2008 by トニー嵐丸 |
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独り言
去年だったかしら?主人と富山県の魚津市に視察に行きましたのよ。
あいにく朝から小雨がちの中、仲間の皆様方とマイクロバスに乗ってお出かけしたんですけれど、小谷村から糸魚川市に入る頃になると大雨になりましたの。
バスは日本海沿いに進んだのですけど、魚津市まであと20km?ほどで、国道が大雨による通行止めになっちゃったのよ。
その時主人が近くの駅に行ってくれるように運転手さんに伝えましたの。駅に着くと電車は動くっていうじゃない。
さすがは機転の利く私のご主人さま。
バスは国道が開通してから、電車を追いかけていらっしゃいね。
皆さーん切符をお買いになりましたかしら。こんなハプニングもたまには楽しいわよね。発車のベルが鳴りましてよー。 いよいよこの電車で出発進行ですわよ。
と、その時バスの運転手さんから携帯電話で「いま国道が開通しました。」
「げっ」っと声に出そうなのを、ぐっとこらえて「パパー、せっかくだから皆さんの写真を1枚撮ってー」私の精一杯の笑顔をよそに周りの皆さんは結構しらけていらっしゃったのね。

おーほほ、ごめんあそばせ。
という事で、魚津市の清水(しょうず)は素晴らしかったですよ。
それに比べても、大町市の女清水と男清水は、湧水を上水にしていますので、この水は絶対に安心な飲み水で、しかも最高においしいのだー。
北アルプスは、いま冠雪が美しく輝いています。
道路には雪が無く、いま大町市にお越しになるチャンスですよ。
さーいらっしゃい。・・・・・・・いらっしゃい。
火曜日, 12月 2nd, 2008 by トニー嵐丸 |
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独り言
このところ、連日昼間の会議や、夜の会議に、また会議、その会議の後の夜は、お酒に、そして、またお酒。
夢は夜開くはずなのに、今の私に休まる夜はない。
このまま、この生活を続けたら、行き着く先は、あの世かなー・・・・・・・と思った時に超ローカルなある新聞に、こんな事が書いてありました。
「あの世っていいところらしいよ。」
「なんでわかるの?」と聞くと
「だって、行った人は・・・・・・・・・・誰も帰ってこないもの」
・・・・・・だそうです。

疲れが飛びましたよ。
つい、ニヤッとしてしまいました。人が幸せになるのが活字や言葉の力ですよね。
私の場合は、家に帰ると幸せになれるんです。
かわいい妻には「ありがとうね。」と、いつも言ってますよ。だって、そう言ってさえおけば、/
・・・・・もとい、失言です。(苦)
本当にそう思っていれば自分が幸せになることにつながるんですから。(笑)
感謝で暮らすと、幸せを実感できますよ。
天国に一番近い町、大町市の夜には
感謝の心が、左巻きに渦巻いているのだー。